ご自分の体と対話していますか

本文へジャンプ
Any3 TAICHI ・ スタビライゼーショントップ

「私のHOW TO健康D」より

作家・臨済宗僧侶 玄侑宗久

我々の仕事は、読経する。

物を書く。

掃除をする。

色々なバラエティがあり、それが良いのだと思います。

体の『声』を聞く『呼吸法』、吸い込んだ息を全身にあまねく広げ、それを精密に思い描いく。

意思を向けることです。

例えば、自分の膵臓の働きについて考えたりしないですよね。

すると、膵臓がやっかむ。

人間関係で言えば『こんなに頑張っているのに社長は見てくれない』と。




これが体の中で起こる。

見てやれば良い。

『頑張っているな』と。

すると『見ている』ことが励みになり、働くわけです。

それが、『意識をむけてやる』ということです。




食べ物は、出てきたものを頂きます。

とてもありがたいことです。

『有機栽培が良い』とか『この食品は良くない』等は気にしません。

目の前に出てきたもの全て『ご馳走』です。

口から入ったとたんにそれは『とても素晴らしいもの』になります。

だから他人には『毒』でも、私にはそうではない。

それは強い信念、信仰として、確実に私の中にあります。

故に、『体に悪いかな?』と思いながら何かをするということはありません。

世間の常識に反し、喫煙も私は良いと考えます。

何が正しいかは最終的に自分の信念で決まるのです。

『私の口から入った以上、私の体に悪いとは言わせない』と。

あとは『思考しない時間』を積極的に作ります。

ただ、『感じる』だけで『考えて』はいない時間です。

これはとても大切だと思います。

『考える』ために体に掛かる負荷は、とても大きなものだと思えるからです。

例えば『言葉を操る』。

これは人間にしか出来ません。

だからこそ、人間にしかない病気があります。




病気よりも、元気を知るのが、大切だと考えます。

医師というのは病気の専門家です。

私が頼りにしたいのは『元気の専門家』です。

病気と元気は、光と影のようなものです。

影があって、それを追い払いたいと思ったら、光を当てれば良いのです。

影を追い払ってから、光を当てる必要はないわけです。

病気を追い払ってから元気を招くのではなく、元気を学び、取り入れ、
増幅させれば良いと考えます。




元気というのは、宇宙根源の『気』みたいなもので、
自分と宇宙とは繋がっていると考えられます。

そうでなくなる時というのが、『言葉でものを考えている時』ということになります。

言葉に、肉体は引きずられます。

愚痴を言えば、体もそういう状態になる。

やせ我慢でも元気なことを言えば、体もそうなろうと努力します。

『体と心は一体のもの』です。

体は元気で心が病気ということはありません。

逆に体は病気で心は元気ということも普通はありません。

体が病んだのなら、そこに至るまでの長い心の病があるわけです。

元気でない心が先にあり、体が病を引き起こす。

病んだ体には病んだ心が収まります。

そうなった時にどうすればいいのか。




心変わりをすることです。

人間の考えることは、ろくでもないものです。

そこで『考えることを止める』のが一番有効になります。

坐禅や瞑想はそのための手段です。

逆立ちもいいですよ。

逆立ちしながら思考をするのは、難しいことですから。

思考を止めるのは慣れれば簡単なことです。

パッと心を変えられれば、それに越したことはありません。

悩んだり、腹が立ったらその気持ちを無くすことが有効です。


よく自分の体と『遊んで』、何をやったらどうなるのか、知ることです。

坐禅も逆立ちもそのひとつですよ。




坐禅をすると色々なことが頭に浮かんで来ますが、
それは、流れて行く雲のように、捕まえずに流してしまうこと。

メリットの無い思考は体を虐める、孫悟空の輪みたいなものです。




逆立ち、試してみてください。

(原文のまま)



                       健康太極拳指導士
                                スタビライゼーション・インストラクター 土田晶子