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95歳友の会

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Any3 TAICHI ・ スタビライゼーショントップ


この友の会は「95歳の方限定」ではありません。
入会金無料、随時受付の会の趣旨をご覧下さい。

「亡くなるまで元気で過ごす」これが私の人生の目標でしたが
ある文章を読ませていただいて思いがはっきりし、友の会を作ることにしました。

「致知」という月刊誌に上智大学名誉教授 渡部昇一さんが「歴史の教訓」という連載を
していらっしゃいました。その第134回の一部抜粋です。

・・・略・・・

 白川先生(注1)やヒルティ(注2)ばかりではない。
私の周辺でも九十五歳以上で亡くなられた方が何人かいるが、その最期の様子を伺うと、苦しむことなく眠るように死につかれている。
 それはいまよりももっと結構な世界に移っていったという感じで、「遷化(せんげ)」という言葉を思い浮かべるほどである。これは高僧の死をいう言葉だが、本当に聖人か高徳な人の最期を思わせるものがほとんどなのである。

・・・略・・・

 佐藤一斎の『言志晩録』を読んでいたら、一斎も私と同じ観察をしていることを知った。高齢の人は聖人の如く亡くなる、と述べているのだ。
 
 それに比べると、若い人の死は苦しみを免れないようである。

・・・略・・・

若い肉体に宿る生きようとする力が、忍び寄ってくる死とせめぎ合うからなのだろうか。昔に比べ肉体年齢がはるかに若返っている現在では、八十歳代でもまだ、それなりの苦しみを伴う人が少なくないように見受けられる。

・・・略・・・

 ところが、九十五歳以上で死んでいく人は、特に死の苦しみに対する恐怖を克服する努力をしたわけでもないのに、白川先生やヒルティの例に見るように、あたかも聖人や解脱(げだつ)者の如く、いや聖人や解脱者そのものとなって、苦しむことなく、静かに安らかに死んでいくのがほとんどである。

 そこで、思うのである。九十五歳まで生きる。ここに人生の目標を置いてはどうだろう。もっとも、加齢による衰えは仕方がないにしても難儀な病気を患ったり、ぼけてしまっては九十五歳まで生きてもどうしようもない。そこで、健やかにぼけないで、という条件を付け加える。

 健やかにぼけないで、九十五歳まで生きよう。人生の目標をこのように設定するのである。

 高齢化の加速に加えて団塊の世代が定年を時期を迎えたこともあるだろう。定年後をどう過ごすか、六十歳からをどう生きるか、といったことをテーマにした本が盛んに出版されている。そして、そばの打ち方とか、海外旅行の楽しみ方とか、楽しい温泉巡りのコツとかが紹介されている。

 しかし、これらの本を読んで思うのは、それらを趣味として楽しんでいくのは決して悪くはないし、結構なことなのだが、それらが展望を開いていく生き方の軸にはならず、率直に言えば、たいてい時間塞(ふさ)ぎの楽しみの域を出ないものになっている、ということである。そうなるのは、定年から、六十歳から、というように出発地点から見るだけで、終着点を示していないからである。六十歳からといっても、終着点は明日やってくるかもしれないのだ。この不確かさが、六十歳からの生き方を単なる時間塞ぎの楽しみの域に止(とど)めてしまうのだ。

 だが、健やかにぼけないで九十五歳まで生きることを人生の目標にとし、そう覚悟を決めたらどうだろう。六十歳で定年を迎えたとして、それからでも九十五歳までは三十五年間あるのである。この三十五年間をそば打ちや温泉巡りで潰(つぶ)すのはどうか、ということになる。そば打ちや温泉巡りが悪いというのではない。ただ、九十五歳まで生きると覚悟を決めたら、そば打ちをやるにしても、単なる時間塞ぎの楽しみではなく、考え方が変わり、自分の行き方と結びついたものになるだろう、といことである。

 それにこれには、健やかにぼけないで、という条件が付いている。この点については、統計をとったわけではないので科学的でないと言われればそれまでだが、私の知る範囲を眺めて、確信していることがある。それは、加齢による衰えはあるにしても、いつまでも健やかで頭の働きもしっかりしている人は、頭脳を使って生活している人だということである。

 頭脳を使うというのは精神活動が活発だということである。精神活動を活発にすると、その刺激で脳から微量ではあるが多様なホルモン類が分泌され、それが脳の生き生きとした働きを促すばかりか、身体にもいい効用があるのだ、と聞いたことがある。

 しかし、六十歳の定年を迎えて、それから頭脳を使い、精神活動を活発にしようとしても、無理な話である。それまでに下地ができていなくてはならない。ということは、九十五歳まで生きるという人生目標は、六十歳までの生き方も変えるということである。

・・・略・・・

 これは、私の知人の、そのまた知人の話だが、その人は現役時代は技術者だった。その人が定年で退職すると、まずやったのは自宅の庭に能舞台を造ることだった。そして、晩年を心ゆくまで能に精進し、舞い続けたのである。

・・・略・・・

 そういういきさつもあって、『メガトレンド』の著者ネイスヴィッツが来日したとき、対談する機会を得たのである。

 大まかに言えば、『メガトレンド』のキーワードは、ハイテックからハイタッチへ、ということである。当時はハイテックが興隆している時期であった。だがその先に、人間的な感性を重んじるハイタッチの世界が開けることを論じたものである。

 そこで私は、「アメリカのハイタッチの世界とは何か」、と聞いてみた。「アメリカにはまだハイタッチの世界は出きていない」というのがネイスヴィッツの答えだった。

 その時私は、大げさではなく日本に生まれた幸せを感じたものだった。日本にはハイタッチの深い伝統があり、その世界が確立しているからである。

・・・略・・・

 ハイタッチの世界はさらに広がっていく。茶道、華道から能狂言、謡曲、そして邦楽といった芸能の分野、連歌、俳諧(はいかい)といった文芸の分野などなど、私たち日本人は豊穣(ほうじょう)なハイタッチの世界に囲まれていることに気づくのである。そこから自分の身の丈に合ったハイタッチの世界を作り出していくことは、誰にでもできるはずである。

 健やかにぼけないで九十五歳まで生きよう。ここに人生の目標を置いて覚悟を決めれば、生き方が変わってくる。そして多くが聖人や高徳の人となって安らかにあの世に旅立っていけると分かれば、そのゆとりが日本の伝統であるハイタッチの世界を、さらに豊かなものにするだろう。

 のちの時代になって振り返った時、高齢化がどうのこうのと騒がれた時代は、実は日本のルネサンスだったのだ、ということになるかもしれない。

                         以上 一部抜粋です

注1:漢字学者 白川静 詳しくは渡部昇一著「知の愉(たの)しみ 知の力」



注2:詳しくは渡部昇一著「できる人になる生き方の習慣」


「95歳友の会」はそれぞれがそれぞれの心の中に作っていくものですね。

楽しかった旅からの家路「また、ここに来たい。でも懐かしい我が家にも帰ってほっとしたい。」
という感覚。

「また、ここに来たい。(生まれ変わりたい)」
「でも懐かしい我が家にも帰ってほっとしたい。
(あの世で待っていてくれる先に旅立った方々の元へ還る懐かしさ・安心感)」

そんな人生の終盤を迎えられたら最高ですね。



                       
健康太極拳指導士
                スタビライゼーション・インストラクター 土田晶子

        私と補完(代替)療法(リンク)